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月刊グラン「SAだより」から

2014年1月号

 Jリーグ創立後、常に最下位争いの中心だったグランパスは、ベンゲル監督時代に生まれ変わって躍進しました。しかし、ベンゲル監督がアーセナルに移った翌1997年から、2シーズン制が終了する2004年までの年間順位が、9位、5位、4位、9位、5位、6位、7位、7位と改めて見直してみても、驚くほど盛り上がりの無いシーズンばかりでした。しかも、毎年の傾向として、シーズン開幕直後に負けが続き、優勝争いどころか早々と優勝圏外にでてしまって、終盤戦になって順位を徐々に上げて、なんとかこれらの順位にたどり着いていました。これが、『万年中位』とか、『帳尻あわせ』とか、グランパスが揶揄されていた原因です。さらに1シーズン制になった2005年からの3年間は、14位、7位、11位と、ついにJ2降格も近付きだしていました。ここで白羽の矢が立ったのが、ピクシーことストイコビッチ監督です。2001年に名古屋グランパスを引退してから、母国ユーゴスラビアサッカー協会の会長と現役時代に自身の名を挙げた名門チーム、レッドスター・ベオグラードでの会長を歴任し、2008年に私たちの名古屋グランパスに戻ってきてくれたのです。

「監督どころか、指導者としての経験もない。」との一部の指摘を「ストイコビッチがやると言ったらやる!」の名言で一蹴。就任1年目で、前年11位だったチームは、いきなりの優勝争いのまま最終節を2位で迎え、首位が負けてグランパスが勝ったら逆転優勝。大分まで、多くのグランパスサポーターが詰め掛けましたが、試合は引き分けたため最終順位は3位でシーズンを終えました。2009年にはリーグ戦こそ9位で終りましたが、ACLでは、準決勝まで勝ち残り、アジアのベスト4となって、私たちもアジアや世界を意識する大切さを知りました。そして、監督就任3年目の2010年、8月に首位に立ったグランパスはそのまま順位を落とすことなく、11月20日に平塚競技場でJ1リーグ最速となる4試合を残しての初優勝!18年目にして初めて、リーグ優勝を手に入れたのです。23勝8敗3分で勝ち点72の成績で、一年間連敗が一度も無く安定していました。リーグ戦の年間23勝や勝ち点72は、Jリーグ記録でした。

翌2011年は、開幕6試合で1勝しか出来ずにスタートダッシュに失敗しましたが持ち直し、特に各チームが猛暑と過密スケジュールで苦しむ7、8月に9勝1敗2分と驚異的な結果を残して首位に立ち、優勝戦線の本命に躍り出ました。1敗も許されない最後の6試合での良い意味でのプレッシャーと達成感は、忘れられません。結局、ライバルチームも最後の7試合を負けることなく、勝ち点72でフィニッシュ。グランパスは21勝5敗8分の勝ち点71の2位でした。しかし、年間5敗しかしておらず、連敗をしないのは2年連続となりました。翌年は、開幕から7試合好調の2位でしたが、ゴールデンウィーク中に突如、1勝も出来なくなり、歯車が大きく変わってしまいました。その後、中盤戦、終盤戦でも連敗をしてしまい、15勝12敗7分の7位でした。ACLでは、リーグ戦は無敗のまま、予選突破できましたが、2年連続のベスト16で涙を飲みました。

そして、今シーズンは、ご存知の様に開幕からなかなか思うような試合が出来ず、16年ぶりの5連敗を含む4月から1ヶ月間半の間7試合に勝つことが出来ず、ほとんど最下位の降格圏内で、中断期を迎えました。選手もクラブもサポーターも苦しみましたが、この1ヶ月半の中断期で状況が変わり、真夏の7月、8月には、逆に5連勝を含む9試合負け無しの7勝1敗3分で、危機を乗り越えました。しかし、そのあと、天皇杯でアマチュアのチームに惨敗し、9月は1勝も出来ないままに迎えた10月3日、ストイコビッチ監督の今シーズン限りでの契約満了が発表されました。

その後もチームは勝つことは出来ず、結局、次に勝ったのは前回の勝利から2ヶ月後の10月27日大宮戦で、気付けばピクシー監督との別れも、残すところ1ヶ月ほどになっていました。ピクシー監督やグランパスから了承を得て、グランパスSAが作成した「ストイコビッチを見逃すな」と題したホーム最終戦のチラシやポスターも完成し、サポートタウンや若手サポーターたちが集客活動を続けました。また、ゴール裏の中心サポーターで、最終戦の試合後の惜別のセレモニーに向けた横断幕等の準備も進められました。当然、私たちだけでありませんが、今回のピクシーとの別れは、再会に向けたスタートだと考えています。この6年間で、Jリーグの初優勝は出来ましたが、結局、手にしたタイトルはそれだけでした。だから、再会後に名実共のビッグクラブとなって、グランパスの新時代を築きたいと考えています。その時までに、私たちサポーターも、グランパスも実績をつみ、また、ピクシー自身も経験をつんでもらって名将として、白髪やシワを増やして(これは、お互い様ですが...笑)、再会したいと思います。その時のためにお互いに修行の旅に出るのです。そう、私たちは、永遠に名古屋グランパスでつながっているのです。
そんな、11月23日にホーム豊田スタジアムで、柏戦が行われました。前々節で大宮を、前節で首位横浜を撃破。連勝しての試合で、常に主導権を握りながらも2度追いつかれての2対2で、試合終了直前の後半ロスタイムにダニエル選手がグランパスでの初ゴールを決めてくれました。これで、久しぶりの3連勝!その時でした。ダニエル選手のヒーローインタビューが終るのを待って、田中隼磨選手がゴール裏に登って来てくれました。両目いっぱいに涙を浮かべながら、サポーターたちに「ありがとう!」、「本当にありがとう!!」を繰り返していました。その姿は、「悔しくて仕方ない!!」と、心で訴えている様で、サポーターたちもみんな泣いていました。隼磨選手は、移籍時から「名古屋に骨を埋める気持ちで...」と語っていたり、サポーターからのコールやチャントに応える時は必ずグランパスのエンブレムに手を置いていて、とても信頼されていた選手でした。ただ、この隼磨選手、この試合で涙の決勝ゴールを決めたダニエル選手、2010年の優勝時にはベストイレブンにも選ばれた心優しい大男の増川選手、不動の左サイドバックとして常に正確なセンタリングやサイドチェンジを供給し続けた阿部選手のディフェンスの主力4選手の退団が発表されていました。この4選手は、毎年、レギュラーとして、チームをささえてくれていました。当然、今シーズンもほとんどの試合に出場してくれたのですが、残念です。各選手の今後の活躍を心から祈っています。そして、ありがとうございました。

さて、「ストイコビッチを見逃すな」のホーム最終戦が11月30日に行われました。試合後のセレモニーで、グランパスサポーターたちは、一緒に戦ったピクシーや退団することになったすべての選手たちに感謝と愛情をこめて、ゴール裏からメッセージを送りました。
NAGOYA  ALWAYS YOUR HOME  ALWAYS YOUR FAMILYと。


2014年2月号

 あけましておめでとうございます。
新しい年、お目覚めはいかがですか?
新しい年、気持ちも新たにがんばりましょう。
新しいチーム、新しい監督、新しいグランパスです。

新しいシーズンを迎えるにあたって、まずは、昨年の反省を今年に生かすため、毎年行っております昨シーズンの振り返りからです。ピクシー政権6年目となった2013年シーズンは、タイキャンプで3パックの攻撃的布陣に取り組み、キャンプ終盤に行われたトヨタプレミアムカップでは、国内大会で優勝したブリューラム・ユナイテッドに2対0での快勝で始まりました。その後、その3パックに磨きをかけ、3月2日のJリーグ開幕を迎えました。毎年の初ゴールを決めた相手チームがJ2に降格すると恐れられたデスゴールの前田選手との対戦で話題になった開幕の磐田戦でしたが、内容が良くありません。キャンプから開幕前日まで準備してきた3バックも機能せず、いきなり4バックで戦うことに...。
開幕戦こそ相手のオウンゴールに助けられての1対1の引き分けでしたが、第2節浦和戦にも良いところなく0対1で敗れ、第3節甲府戦も苦しんだまま0対0で試合終了を迎えようとしていた後半ロスタイムの90+4分に相手ゴールキーパーのこぼれ球から、初出場初先発の本多選手の初ゴールが決まりました。開幕から未勝利のまま、ズルズルと悪い流れになりかけた苦しい状況を救ってくれた貴重な初ゴール、貴重な初勝利でした。この勝利で流れは変わり、引き分けをはさんで3連勝。4月13日の第6節終了時点で、3勝1敗2分の勝ち点11と流れに乗ったかと思われました。
ところが、この後、1ヶ月以上勝つことができません。なんと、この間の7試合で勝ち点1しか獲得できませんでした。16年ぶりの5連敗を含む0勝6敗1分けだったのです。従って、第13節を終え、3勝7敗3分けの勝ち点12は、順位こそ14位でしたが、最下位の大分との勝ち点差は5しかありませんでした。2連敗で、最下位なる様な状況だったのです。ここで、コンフェデレーションズカップによる1ヶ月半の中断があり、選手も監督もフロントもサポーターもみんなが苦しみましたが、結果的にはこの中断に救われました。この中断明けの7月6日第14節清水戦は、2013年シーズンの一番重要な試合だったと思います。チームがひとつになって、必死に戦いました。特に結果を出した小川選手はキレていて、試合開始早々の前半9分のゴールは、グランパス関係者に勇気を与えてくれました。直後に追いつかれて、試合はこう着状態となりましたが、引き分けを覚悟する直前の後半44分、グランパス関係者の想いを
背にした小川選手の2点目のゴールで、リーグ戦中断期をはさんだ約3ヶ月ぶりの勝利を手にしました。古川キャンプを含めて中断期に苦しみ続けたグランパスは、このギリギリの戦いを制し、生まれ変わりました。7月8月の暑く苦しい時期の過密日程の11試合を"9試合負け無し"を含む7勝1敗3分けで、乗り越えました。特に攻撃陣の活躍が目立ち、フォワードの選手を中心に得点を重ね、毎試合2~3点を決めての5連勝!!ただ、この"9試合負け無し"に落とし穴がありました。実は、5連勝の8月中旬からは、負けてはいませんが、勝ちきれずに引分けが続いていたのです。そして、9月8日に行われました天皇杯2回戦、AC長野パルセイロ戦で、ついに大失態を犯してしまいました。JFL、いわゆるアマチュアのチームに良いところも無く、完敗してしまったのです。これで、予選で終ってしまったナビスコカップに続いて、天皇杯も早すぎる敗退です。2013年の3大タイトルの2つを失ったのです。そして、
残りのひとつであり、最も大切なタイトルであるJリーグは、9月以降の巻き返しで優勝できる望みも残っていたのですが、この8月末以降の約2ヶ月間に1勝もすることが出来ず、ジ・エンド!ピクシー監督の契約満了も発表されました。11月に入って少し意地を見せましたが、「ストイコビッチを見逃すな」の集客活動をしたホーム最終戦も、アウェイ新潟でのリーグ戦最終戦も、契約満了の監督や選手たちとの別れを惜しむ多くのサポーターを集めましたが、勝つことが出来ませんでした。結局、13勝13敗8分けで、優勝争いもなく、11位でひっそりとシーズンを終えました。天皇杯も負けてしまっていたため、12月7日のリーグ戦最終戦が2013シーズンの終わりでした。
最終戦も終った後に「これからは監督ではなく、グランパスのサポーターになります。」と宣言していたピクシーに「サポーターのボスは私なので、いつ呼び出されても、すぐにゴール裏に来れる様に準備をしていて欲しい。」と、話して盛り上がりました。彼もこの6年間の監督生活で、プラスもマイナスもわかったと思います。それらをしっかりと胸に刻み、マイナスだった部分を改善してもらい、また、会えるのを楽しみにしています。その間にグランパスもサポーターもそれぞれ改善と前進を重ねて、そして、今度一緒に戦えるときこそ、憎まれるほど強く、面白いサッカーをするビッグクラブをつくりたいと思います。

そして、試合結果以外に昨年の振り返りで忘れてはいけないことが、ふたつあります。まずは、リーグ戦中断期に行われました第一回ファン・サポーター説明会です。これは、グランパス20年の歴史の中でも初めてとなるもので、チームと事業の説明後、質疑応答形式で2時間以上に渡り、ファン、サポーターたちと全面的に向き合ってくれました。グランパスのスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。ただ、今度は、苦しいときばかりではなく、チームの調子に関係なく行える様にお願いいたします。そして、もうひとつは、アーセナル戦とその前に行われたグランパスOB戦です。アーセナルの来日は45年ぶり、OB戦は史上初の出来事でした。ともに関係者の強い想いで実現されたもので、アーセナル戦では、攻守の切換えや大切さ、そして、変な日本語になりますが、速攻の本当の速さを体感できました。また、OB戦では、ピクシーの現役時代を知らないサポーターたちにも魅せてくれました生ボレーシュート。そして、大岩、平野、望月選手がグランパスの選手として戻ってきてくれたことは忘れられません。さて、苦しく長かった昨年一年間を振り返りましたが、新しい年が始まりました。新しい監督を向かえ、グランパスもファン、サポーターたちを呼んで、初の新体制発表会を行ってくれます。すべてが、前に動き出しています。

新しいチーム、新しい監督、新しいグランパスです。
新しい年、気持ちも新たにがんばりましょう。
新しい年、お目覚めはいかがですか?
今年もよろしくお願いいたします。

2014年3月号

 「いざー、出陣!!」
力強いかけ声とともに1600人ほどの民衆たちがコブシを空に突き上げたのぢゃ。前日の雨が、うそのように止み、小春日和の温かい日差しが、名古屋城を中心に包み込んでおった。時は、平成25年11月4日、名古屋城二之丸広場でのことぢゃった。この日は、『名古屋おもてなし武将隊四周年祭』が行われ、武将6人と陣笠4人の武将隊全員が一同に会し、四年間の感謝と五年目の決意を誓ったのぢゃ。

.....と、いきなり信長様モードで始まりました今月号のSAだよりですが、信長様とはもちろん、言わずと知れた天下人、織田信長様のことです。この信長様をリーダーとして、名古屋おもてなし武将隊が、全国で大活躍をしています。特に地元を誇るために名古屋おもてなし武将隊が立ち上げた”地元愛プロジェクト”(http://jimoto-ai.busho-tai.jp/)で信長様は、グランパスの戦伝隊長としてグランパスを盛り上げ、ファンクラブの新規会員の獲得にも力を貸してくれています。

この信長様と何度も一緒に試合を観戦させてもらったり、試合前後に一緒に活動させてもらいましたが、彼は正真正銘のグランパスサポーターです。サポーター代表の私が言うのだから間違いありません。単にプロジェクトのためだけに、単にファンクラブの会員数を増やしたいだけじゃないのです。試合中にゴール裏でも大声でサポートソングを唄ったり、一緒に戦ったりするのは当たり前で、スタジアム以外では、「とにかく試合を見に来てもらうこと」、「グランパスを好きになってもらうこと」のために常に努力してくれています。

この信長様の活動に感謝しながら、この四周年祭に行ってきました。まず、驚いたのが、観客の多さです。先述のとおり、約1600人もの人たちが、6人の武将たちと4人の陣笠たちに会うために名古屋城に集まっていたのです。名古屋おもてなし武将隊、恐るべし!

さらに驚いたのが、演舞(演武)後のハイタッチです。通常は、数人の武将との握手会なのですが、この日は、なんと言っても四周年祭ですので、武将6人と陣笠4人の武将隊全員とハイタッチができるのでした。常連の方ばかりの様で、演舞(演武)が終わったとたん、あっとゆう間にハイタッチの列は、続き、続き、続き、続き...、ついには、広い二之丸広場を一周して、道の向こうまで並んでいるではありませんか!
結局、初心者の私は1時間半ほどして、やっと、名古屋おもてなし武将隊のみなさんとハイタッチできました。今回、このハイタッチの後に名古屋おもてなし武将隊の紹介リーフレット(かわら版)をもらったのですが、この表紙を見て、またまた、驚きました。全員の集合写真が写っているのですが、その中心でポーズを決める信長様が手に持っているのは、グランパスのうちわでした。鎧、甲冑で身を包んだ武将たちを中心としたレトロな感じさえする写真の中心で真っ赤にひときわ目立つそのうちわ...(苦笑)。こんな、どこまでもグランパスサポーターの信長様を見かけたら、ぜひ、声をかけてください。ファンクラブ会員に入ってない知り合いがみえましたら、ぜひ、信長様からの紹介と記入して、ファンクラブへの入会を勧めてください。

さて、昨年、東京オリンピック、パラリンピックの勧誘活動で話題になった「お・も・て・な・し」ですが、信長様たちは、すでに何年も前から宣言していた先輩、名古屋おもてなし武将隊です。さぁ、みなさん、みんなでおもてなしのプロである、信長様たちの力も借りながら、ともに名古屋グランパスを盛り上げましょう!!

プロと言えば、グランパスでも、多くの新しいプロの選手たちが誕生しました。1月19日(日)に名古屋市内で新体制発表会が、行われたのです。マスコミやサポーター向けの同時発表で、新監督の西野監督を始め、7人の新卒選手と4人の移籍選手の計12人の新入団選手が紹介されました。各新卒選手たちの夢、抱負やネタ(笑)、移籍選手たちの意気込み等は、今月号の6~13ページをご覧いただくとして、今回のグランパス史上初の新体制発表会について、言いたいことがあります。
各選手たちの自己紹介の後に久米GMとのコント?!いやいや、久米GMからのユニークで愛情のこもった補足説明が続きました。そして、質問コーナーで選手たちは、より身近に。彼らはサッカー選手ですから、輝くのは、当然、ユニフォーム姿でプレーしているときです。でも、今回の新体制発表会はとても良かったと思います。抽選で一部の人しか見る事が出来なかったことは、今後改善してもらいたいのですが、何より一番良かったのは、選手たちに愛着がわいたこと。私だけでは無いと思いますが、選手個人個人のアピールと久米GMの紹介によって、新入団選手でありながらも、昔から応援していた選手たちの様な気がしてきました。『愛着』は、とても大切なものです。この愛着をもつと選手たちに興味がわきますし、当然、見てみたくもなります。この愛着は、チームへの愛着に繋がります。

来年以降の新体制発表会の開催方法に期待しつつも、開幕戦に備えて気分も高ぶってきました。さぁ、開幕まで1ヶ月を切りましたよ。スポーツニュース等を見ていても、グランパスやサッカーの話題が増えてきました。楽しみですね。1試合1試合の勝ち点の積み上げが、大切です。常に勝ち点3を目指してみんなで一緒に戦いましょう!今シーズンもよろしくお願いします。

さて、信長様は、グランパスのイベントでは、名古屋おもてなし武将隊の演舞(演武)とは違うかけ声で気合いを入れます。ご存知のみなさん、ご唱和願います。
「いざー、グランパス!!」

 

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